愛と知性 杉原幸子氏著『六千人の命のビザ(新版)』

 1940年にバルト海に面したリトアニアの領事館領事代理として勤務した杉原千畝氏(1900-1986年)の名前をご存じの方は多いことでしょう。彼の婦人であった幸子氏が戦時中から戦後についての歩みを書かれた本があります。

 


原幸子氏著『六千人の命のビザ(新版)』(大正出版 1993年刊)

 

 本書は非常に緊迫した場面から始まります。ある日、領事館の前に大勢のユダヤ人が集まり、日本通過のビザを求めて来ていたのです。当時のヨーロッパはヒトラー率いるナチスが勢力を伸ばし、ユダヤ人狩がはじまっていました。捕まるとアウジュビッツなどの収容所に送られ、生きて帰ってくることはありません。領事館の前に集まっていたユダヤ人はポーランドから逃れて来た人たちでした。もはやヨーロッパに彼らの安住の地はありませんでした。だが幸いなことに、カウナスのオランダ領事がユダヤ人に同情的で、大西洋にあるオランダ領であるキュラソー島へのビザを発給していたのです。そのために日本の通貨ビザの発給を求めて来ていたのです。

 

 

 当時、日本はドイツやイタリアなど全体主義諸国と同盟を結んでおり、外務省も日本通過ビザの発給を許しませんでした。その上、リトアニアからの退去も求められ、時間もあまりありません。役人としては役所からの指示は守らなければなりませんが、そうすると目の前にいる人を見殺しにすることになります。しかし彼は処分を覚悟の上でビザを発給したのです。

 

 有名な内容ではありますが、すごい決断だと思いました。日本政府も発給を認めず、その上、ナチスソ連の圧力もあり、とてつもない重圧だったと思います。下手をすると暗殺されていたかもしれない。そんな中、彼を支えたものは何だったのか。一緒に赴任した家族の支えはもちろん、彼の優れた知性もあったと思います。ヨーロッパ駐在中にナチスの暴虐を目の当たりにし、こんな非道は許されないことを実感していました。そしてナチスを頼りにした大日本帝国の戦線拡大も失敗に終わることを予見していたのでしょう。もちろん、人間は私欲もなくては生きられません。でもいかに愛と優れた知性で生きることが大事なのか、あらためて教えられた気がします。

 

 機会があると読み返し、人生の指針にしたい本となりました。